ニュージーランドに来て、もうすぐ2ヶ月。
最近ふと、自分の英語力について考えることが増えてきた。
というのも、日本にいたときの私は、「自分はそこそこ英語ができる方」だと思っていたからだ。
TOEICは800点には少しだけ届かないけど、それなりに勉強してきたつもりだった。
文法もある程度理解してるし、リスニングも苦手じゃない。
簡単な日常会話くらいなら何とかなるだろう――そんなふうに思っていた。
でも、いざ現地に来てみると、まったく通じなかった。
むしろ、“英語ができる”と少しでも思っていた自分が恥ずかしくなるくらい、何もできなかった。
ネイティブのスピードに、まったくついていけない
私が最初に衝撃を受けたのは、現地の人の「話すスピード」だった。
とにかく早い。そして、単語がつながっていて、どこで文が切れてるのかすらわからない。
職場での会話や、スーパーでのちょっとしたやり取りすら、聞き取れない。
言われたことを理解できないから、返事ができない。
無理して「Sorry?」って聞き返しても、また同じスピードで返されて、また分からない。
頭が真っ白になって、何も言えなくなる。
話しかけてもらえているのに、笑ってごまかすしかできない。
この繰り返しで、自信はどんどん削られていった。
「通じない英語」にぶつかって、初めて見えたもの
話せないだけじゃない。
話したつもりの英語がまったく伝わらないこともあった。
自分の発音が悪いのか、イントネーションが違うのか、理由もわからない。
これが本当にしんどかった。
「英語、ある程度話せると思ってたのにな」
「こんなに通じないなんて、全然ダメじゃん」
日本で持っていた“根拠のない自信”が、一気に崩れていった。
それでも少しずつ見えてきた「スタート地点」
ただ、落ち込む日々の中でも、少しずつ見えてきたものがある。
それは、「できない」と思い知らされた場所が、ちゃんと“スタート地点”なんだということ。
最初はショックだったけど、「何が通じないのか」「何を聞き取れていないのか」をひとつひとつメモしていくことで、少しずつ前に進める気がしてきた。
最近は、こういうことを意識している:
- 分からなかった単語や表現はあとで調べて、復習する
- 自分の発音が悪かった単語は、YouTubeでネイティブの発音を聞き直す
- とにかく一日1回は自分から声を出す(注文、あいさつ、質問など)
- 完璧じゃなくていいから「伝えよう」とする姿勢を忘れない
それだけでも、少しずつだけど反応が変わってきた気がする。
通じた時の嬉しさは、試験で点数が取れたときとはまったく違う感覚だ。
まとめ:「話せる」と「通じる」は別ものだった
日本にいるときの私は、「英語ができる=点が取れること」だと思っていた。
でも今は、「英語ができる=通じること、使えること」なんだと、身をもって感じている。
TOEICの点数がある程度あっても、それはただの“基礎体力”みたいなもの。
それを実際にどう動かすかは、現地で経験して、試して、失敗して、少しずつ身につけていくしかない。
私は今、ようやく本当のスタート地点に立ったんだと思う。
たった一言通じただけでも、それが嬉しい。
何も話せなかった昨日より、ちょっとだけマシになった今日の自分を、ちゃんと認めてあげたい。
🗒️ 最後に
英語ができると思ってたのに、通じなかった。
その現実は正直ショックだったけど、
「自信が崩れたあとに残った気持ち」が、今の私を少しだけ前に進ませてくれてる。
これからも、たくさん間違えて、たくさん恥をかきながら、英語と向き合っていこうと思う。
ここからが、本当の勝負です。
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